土. 11月 30th, 2024
227 :名無しさん@おーぷん

犬小屋で凍タヒ寸前の同級生(8)が寝ていたのが修羅場。


もう20年以上前の話。
当時のことをちょっと思い出してしまったので投下しにきた。

宗教・キチ・長文・胸糞
当時8歳。うろ覚えのところもあるからそこは推測も混じる。
同級生=以下Bとする。

以上がアウトな方は回避推奨です。

Bは小学校に入ってすぐ転校(1年生の途中)してきた。
詳しくは知らないけど祖父母の元に母親と身を寄せていた風。
そこまでは珍しい話じゃないけど、その家の祖父母がおかしな宗教にハマっていたことから近隣は遠巻きにしていた。
私とBは家が近所だったから登下校で毎日一緒になっていた。(集団)
Bは冬でもTシャツ半ズボンだったから当時の私には異様に見えた。
私の地元は毎年冬には20〜30cmの積雪がある地方。
そんな中をTシャツと半ズボンだけで外に出すなと近隣の大人が何度も言ったそうだが、祖父母は耳を貸さなかったそう。
クラスがいっしょだったから、給食の時に「家で食べさせてもらえない」って聞いて以来、食が細かった私は毎日おかずとか牛乳とかをあげていたのを覚えている。
今でいうネグレクトだが、どうもこれは宗教かぶれの祖父母の教育方針で
「薄着の方が強く育つ」
「〇〇様のお告げで子供に贅沢をさせてはいけない」という理由かららしい。(母談)
見かねた大人が子供のおさがりをあげても祖父母が処分するという悪循環。
当時の近隣の大人たちの心境は「関わりあいたくない」「凍(餓)タヒでもしたら」という感情が混じり、祖父母の眼に触れない範囲でご飯を食べさせたり、登校の際に上着を貸して、下校の際に返すように言ったりしていたそうだ。
当時児相とかがあったのかはわからないけど、大人たちは学校に相談したり、担任が直訴に来たり色々していたようだ。
二年生の夏休みに脱水症状で道端で倒れているところをうちの母が保護したこともある。
それがきっかけで体調がよくなってからBは家で夕飯を食べていくようになった。
こう書くと典型的な放置子を拾ってしまった風にも見えるけれど、Bは放置子にありがちな悪ガキではなく、食べた食器を自分から洗ったり、弟(3)をあやしてくれたり、大人と会話をする時に敬語を使っていたりと、その年の子供にしてはしっかりしているいい子(母談)だった。
毎日うちでご飯を食べていることを気にしていつも私に謝っていた。
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